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サッカー少年よ、勉強しろ!

サッカー少年から一転、2017年中学受験に向けて勉強はじめたツグオの記録。兄ナガオはサッカー三昧。

『独学勉強法』を読んだ

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一生のうちに一体何冊の本が読めるだろう、と考えてみる。

私の場合月に3冊読んだとして、8歳から70歳までの62年間で2,232冊。若い頃は月に3冊ということはないだろうから3,000~4,000冊というところだろうか。国会図書館の所蔵数が4千万点を超えることを考えると、自分が出会った本というのはとても運命的な気がしてくる。運命的な恋というのはどうにも胡散臭いが、その他のコトについては私は結構運命論者だ。

先日図書館で旅行のガイドブックを借りた際、ふと眼の端にとまったのが独学勉強法なる本。別に資格取得中とかでもなんでもないのだけれどなんとなくの興味で一気に読み切った。3時間くらい。これまた運命の本なのかしら?と思ったり思わなかったりするけれど、そのタイトルに一瞬でも心惹かれるということは何かしら私の無意識に共鳴するものがあるということなのだろう。

著者は東大経済学部教授の柳川範之氏。(もしかして私の無意識に働きかけたのは「独学勉強法」ではなく著者の肩書の「東大教授」の方だったのかも?)本書はご自身の経験を元にした「学ぶことの本質」についての話だ。ページ数の割にメッセージはシンプルで、どうしてこんなにくどくど似たようなことを書いているのだろう、と不思議だったが、多分あれはいろんなバリエーションでメッセージを繰り返すことで、少しずつ読者の脳にそれをしみこませているんだと思う。なので読後に「つまり勉強するということは・・」みたいなまとめが頭にしっかりと残った。

(話がそれるけれど、似たような洗脳式、といっては語弊があるが、の本で一番印象深いのは読むだけで絶対やめられる禁煙セラピー。これは間違いなく運命の一冊だった。長時間フライトに苦しむ喫煙者出張族には特におすすめしたい。)

本書の中で特にくさびを打たれたのは「勉強の本質は考えること」というくだり。知識を得ることや計算力を磨くこと、パターンを覚えて正解を導きだすのは勉強ではない。答えのない問いを必死で考え自分で判断することが勉強するということ。

そういえば中学受験中に塾の先生から「親が解き方の解説をしないでください」と言われたとこがある。限られた時間の中で限界まで考えて自分なりの答えを見つけ出す訓練こそが入試で戦える力になるとのこと。うちは特に解法パターンの蓄積が少なかったからその方法しかなかったのかもしれない。だから問題を解く、と聞くと私の頭の中にはいつも「struggle」という言葉が思い浮かぶ。テストの着ぐるみの人と子供がレスリングやっているような映像がよぎる。

受験勉強はそれでも「正解のある」勉強かもしれないけれど、ここで必死に思考する練習を重ねたことはきっと大きな力になったと思う。

読み終えた直後はちょっと物足りない感じもした本書だけれど、こうやってツラツラ考えているうちにやっぱり何か意味のある出会いだったのかも、と思えてきた。中高一貫校で勉強する子供たちは高校受験をパスする分、「学び」の本質に触れられるチャンスが増えることを願わずにいらればい。